聯合艦隊司令長官 山本五十六

映画館で、1000円の日だったので。

ひさしぶりに納得できた日本映画。
とても良くできていた。

もちろん、美化されていて、批判的な話はない。
wikipedia には随分と山本五十六の批判的な記事もある。
おそらく、それも事実だろう。

ただ、聯合艦隊司令長官という位置づけではなく、上司と、その部下たちという視点で見たとき、、素直にうらやましい。
自分が今、上司関係に悩んでいるだけになおさら。

あの頃の日本の軍部とりわけ高級将校は、優秀な人物が多かったのだろう。
当時の学歴の最高峰が帝大か海兵であったわけだから。

それを踏まえて考えないといけないし、また物語だから美化されているのも当然だが、しかし、彼我の差を考えてしまう。せめてああいう上司に仕えたかった。


役者の話

役所広司はすごい。顔の演技というものが今までわからなかったが、今般ようやく解った。なんともいえず良い。家族で食卓を囲むシーンなど、胸が熱くなったわけでもないのに、涙が出た。
原田美枝子もすごい。愛を請う人の激烈な演技でのイメージが未だに強いが、しかし、あのたおやかさ、なんともいえずに良い。

ただ、海軍の将軍の家・家庭があれだけつましいのだろうか?
一枚のヒラメを家族6人で分ける。もっとも半身は五十六の、みたいだが。
現在であれば、高級官僚。局長クラス以上の給与だろう。
今ならいくらか?1000万円台後半。

五島慶太だったかの公務員時代の初任給が、目安として貸家一軒かり、ばあやを雇い、車夫・運転手・下男相当を一人雇えるだけのもの、というのがあった。今なら初任給で年収一千万というところか?と考えたことがあった。
役人が国を背負って行く時代の話だから、当然といえば当然だろう。

軍人会館、水交社か、で柄本明がウィスキーをのみながらチーズらしきものをつまむシーンがある。当時の庶民とはかけはなれた軍部の生活を端的に上手く描いているが、これが実情だろう。ものすごく高い一杯と一皿だろうが、海軍大臣までつとめた人間なら当然のものだろうし。
であればなおのこと、現役の中将の暮らしとしてはどうしても肯んじがたい。
ま、清潔さが現れているのだろうが。

原田美枝子が寝込んでいる座敷に家族でちゃぶ台を持ってくるときに、「いっちに、いっちに、」と役所広司が音戸をとる。「油断大敵」を思い出した。
で、ちょこっと調べてなるほど、と思った。本作の成島監督は、油断大敵の監督でもあったのだ。なるほど、と。正直「油断大敵」の時はまだもう少し、という作劇だと感じたが、今作は十二分にねられている。なるほど。


香川照之。んー、今ひとつ。いつものエキセントリックな演技で、演技は上手いのだが、なんというのか役が乗り移っていないというか。もう少し練れた姿をみたい。

ただ、気になったのがあの主幹のいる新聞は、論調からも社章からも朝日のことだと思うのだが、あれが真実を踏まえた脚色だとして、会社として社論が変わるのは当然だろう。だが、それまでの中心だった人物が排斥されて別の人物が社論を担ったとばかり思っていたが、あのように同一の人物が生き残り社論を左右したのだろうか?

それが疑問だ。

たとえば読売は正力というように個人の名が出てくる。しかし、朝日は、「バスに乗り遅れる」というような気の利いた言葉あるが、個人の名は出てこない。どうしてだろう。
そしてそういう社論の変化を、彼らは総括していないのだろうか?
社外の人間でもそういうことをしていないのか。とても強く知りたい。


伊武雅刀

この人も最近は重厚な役が多いというか、なんというか。
やはり短髪になってからは、白い巨塔の浪速大医学部長以来の怖いイメージが。
その人が永野軍令部総長を演じるとは。

重厚な演技の中に、作戦意図を理解せず、容喙してくる首脳という姿にはなんともいえない悲哀を感じる。

この人も、海軍を代表する頭脳の一人であっただろうに、全体を理解できていない。あるいは自説に固持してしまう。

人間のサガなのだろうが、なんというのか、なんといえばいいのか。
その下で振り回される人間の身にもなってほしい。

まぁ、頭のいい人が陥りやすいワナなのだろう。僕もずいぶんそういう「頭の良い人たち」を見てきた。しみじみ思う。

とはいえ、結局人間は万能ではなく、あるい一面では正しい行動も、別の一面では非常に愚かな行動で、だからこそ我々はそれなりの生き方ができている。あるいは、それしかできない。


玉木宏

この人そのものは好きでもないし嫌いでもない。人気はある人だが。ただ、この人の演技はあまり評価できない。
のだめのチアキなんかは、彼らしさが出ていてわりと良かったと思う。MWはちょっとキザキザしさが鼻につきすぎのようにも。
その点、今回のは今までのにくらべて比較的良かったと思う。
役者としての幅が出てきたのか。

ただ、いただけないのが、「大日本帝国戦史」のスクラップ帳の表紙の文字と、鉛筆の握り方。
あれじゃあ、興をそぐでしょう。あまりに下手すぎる。
まぁ、映画の題字の武田双雲の字もどうかと思ったが。
しかし、これも武田双雲が書いた方が良くなかったか?

どう考えても、旧帝大出のエリート記者のはずなのに、あの字の下手さはあまりに酷い。ましてやあの鉛筆の持ち方も。

インタビューによれば、本人が字を書くことが好きで、だからあのスクラップ帳の表紙も書かせて貰ったそうだが、しかし、あれじゃあ、まずすぎる。九仞の功を一気に欠くというのは、こういうことを言うのだろう。あまりに酷すぎた。

なんというのか、他の小道具もかなり良いできだと思う。
あ、主幹室の本棚の中の本はよくない。
たしかに当時の本をあつめてきたのだろうが、古ぼけすぎ。
60歳の本だ。せめて生まれた頃の姿の本をいれるべきだろう。

この二点、まぁ、本棚はよくありがちではあるが、しかし、とにかくあの玉木の字はひどすぎる。
のだめの時のタクトの振り方も酷かったが、この人はもう少し自戒したほうがよろしいのではないのだろうか。素質はあるのだろうから。





全般

ほかには、CGのシーンがとてもよく出来ていて、他の作品のようなとってつけた感がない。CGの進化もだが、役者の成熟していく姿も追体験できたことを併せて考えると、まぁ自分が歳をとったということなのだろうが、その喜びを実感できた。

ものすごく珍しいことに、演技に涙が出た。特に役所広司の演技に。自分がようやくそれだけのアンテナの感度を持てたのか。彼の演技が突出して良かったのか。


評価 1800円
というか、もっと高くても良いと思う。
今年のベスト。